2009年3月7日
Chapter-231 他人の不幸は蜜の味 

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 妬み(みたみ)や他人の不幸を喜ぶメカニズムが脳の中に存在すること、そして、妬む気持ちが強い人ほど"他人の不幸は蜜の味"と感じやすいことが脳科学的に証明されました。

 妬みは、他人が自分よりも優れた能力や物、恵まれた環境などを持っていることによる劣等感や敵対心を伴う心の痛みです。自分のお気に入りの持ち物の価値を自己分析する際、まわりの人間との比較によって、優劣を付けがちです。自分が関心を持っている、あるいは大切に思っている物について、より性能や品質の良い類似商品を他人が所有していると妬みが生じ、それを手に入れたいとか、他人がそれをなくてしまえばいいのに、と思うことがあります。一方で、他人が持っている物が客観的には非常に優れていても、それが自分の興味のない物であれば、それほど妬みは生じません。

 そのような感情は脳の中で作り出される物ですが、「他人の不幸は蜜の味」が、脳の中のどのような神経がどのように活動して作り出されるのかについてはほとんどわかっていませんでした。

 独立行政法人 放射線医学総合研究所の研究チームが行った今回の研究ではまず、自分と他人との類似性の強弱が妬みとどのように関係するのかについて検討しました。次に妬みの対象者に不幸が起きた時の「他人の不幸は蜜の味」という感情が脳のどこで作り出されているのかをfMRIを用いて探し出し、その部分の活動の強さと妬みの度合いの関係を調べました。

 その結果、妬みの感情には前部帯状回と呼ばれる領域が関係していることがわかりました。前部帯状回は周囲の状況を身長に調べたり、感情に伴う行動を制御したり、肉体的な痛みを処理する脳の部位です。そして、妬みの対象の人物に不幸が起こると、線条体と呼ばれる領域が活動することもわかりました。線条体は運動機能を制御したり、心地よい感覚を認識する部位です。

 今回の研究は、健康な大学生19人に手伝ってもらって行われました。実際に相手を妬んだり、誰かを不幸に陥れて別の誰かを喜ばせたりするわけには生きませんので、今回はある脚本、シナリオを書いて、それを読んでもらうことによって自分をその中の登場人物であるとイメージさせて実験を行いました。

 シナリオの中で実験協力者は主人公です。主人公は現実と同じ大学生で、成績や経済状況などはごく普通だと設定してあります。シナリオには被験者本人以外に、次に紹介する3人の登場人物が存在してます。その3人はそれぞれ主人公から見て妬みの程度に違いが現れるような設定になっています。このシナリオの主人公になりきった時に3人それぞれに対し主人公がどのような感情を持ち、どのように脳が活動するのかを調べようというわけです。

学生A、Aは主人公と性別が同じで、人生の目標などが共通で、似たような価値観を持っています。ところが、主人公よりも見た目も成績も良く、スポーツ万能で経済的にも相当恵まれています。もちろん異性からもモテます。

学生B、Bは主人公と性別が異なり、進路や人生の目標や趣味は全く異なるけれど、主人公より学業成績や経済状態が良く、異性からの人気もあります。

学生C、Cは主人公と性別が異なり、進路や人生の目標や趣味は全く異なり、主人公と同様に平均的な物や性質を持っています。

〇実験1:主人公がシナリオを読んだ後、学生A, BおよびC、に対する脳の活動をfMRIで計測しました。その後、3人に対してどの程度の妬みを持ったかを「全く感じない」から「非常に強く感じる」の6段階で評価してもらいました。

 その結果、妬みの程度が強い順に学生A,B,Cとなりました。妬みを感じているときに脳のどの部分がどの程度の強さで反応しているのかを調べたところAとBに対して前部帯状回に活動が認められ、二人を比べた場合にはAに対する前部帯状回の活動が最も強くなりました。また、19人の実験協力者の間で、妬みに対する評価と脳の活動の高さに相関関係が観察されました。

〇実験2:次に19人に2番目のシナリオを読んでもらいました。2番目のシナリオでは同性で一番妬ましい人だったAと異性で妬み度が最も低かったCに不幸が起こることになっています。この実験では、二人の不幸に対して、自分がどのくらい嬉しく感じたかを「全く感じない」から「非常に強く感じる」の6段階評価をしてもらいました。

 その結果、最も妬ましいAに起こった不幸に関しては、多くの人がうれしいと感じたのに対し、妬みを感じないCの不幸がうれしいと思った人はいませんでした。さらに、Aの不幸が嬉しいと感じる度合いが強い人ほど線条体の活動が高いという相関関係がありました。

 今回の研究成果は、妬みと他人の不幸を喜ぶ感情の発生において、脳が特徴的な活動を示すことを確認することができました。特に、肉体的な痛みに関係する脳の領域である前部帯状回が心の痛みである"妬み"にも関与していることは興味深い発見です。さらに相手に不幸なことが起きる前の心の痛みが強い人ほど、その人に不幸が起きるとより一層痛みが緩和され、蜜の味と感じやすいことが脳科学的に示されました。

 今後は、妬みや蜜の味によって1個1個の神経細胞がどのような活動をするのか、分子レベルでのメカニズム解明をPETと呼ばれる装置を用いて行うことになっています。


2009年2月28日発行 第132号の内容
  ・Chapter-230 最近の宇宙の話題
  ・納豆酵素はアルツハイマー治療に有望
  ・美的感覚の男女差
  ・NASAの温室効果ガス観測衛星が南太平洋上に落下
  ・人工衛星衝突事故でHSTがピンチに
  ・近未来の食品加工技術
  ・地球シミュレーターが新型に更新


バックナンバー
   
Chapter-230 最近の宇宙の話題
Chapter-229 ジョージ・ガモフの「不思議の国のトムキンス」 
Chapter-228 ヒラメとカレイの目の位置を決定する仕組み
Chapter-227 シャドーバイオスフィア 
Chapter-226 ジェットコースターの楽しみ方
Chapter-225 再び注目される超伝導
Chapter-224 ピンチになると活躍する遺伝子 
Chapter-223 アルツハイマー病に関する新たな発見
Chapter-222 私達が春を感じる仕組み
Chapter-221 サイエンスニュースフラッシュ 2008年11月号  
Chapter-220 惑星探査機ボイジャー2号末端衝撃波面通過
Chapter-219 絶滅動物を復活させる新技術
Chapter-218 粘菌問題再び
Chapter-217 2008年 ノーベル物理学賞
Chapter-216 2008年 ノーベル生理学・医学賞 
Chapter-215 サイエンスニュースフラッシュ 2008年9月号
Chapter-214 地熱発電の可能性
Chapter-213 夜行雲 / 天の川銀河で発見された新たな構造
Chapter-212 iPS細胞の応用
Chapter-211 長期記憶形成のメカニズムがわかり始めた
Chapter-210 サイエンスニュースフラッシュ 2008年7月 
Chapter-209 太陽電池飛行機
Chapter-208 ナメクジウオ!! 
Chapter-207 波力発電の現状
Chapter-206 サイエンスニュースフラッシュ 2008年6月号 
Chapter-205 植物のノアの方舟 
Chapter-204 iPS細胞が世界を動かす
Chapter-203 サイエンスニュースフラッシュ 2008年5月号
Chapter-202 医学の歴史上最も珍しい10の疾患 
Chapter-201 宇宙の話題を盛り合わせ
Chapter-200 PQQってなに?
Chapter-199 人類は7万年前に絶滅寸前の状態に追い込まれれていた
Chapter-198 サイエンスニュースフラッシュ 2008年4月号
Chapter-197 日焼け止めがサンゴの白化を促すことがわかった
Chapter-196 干からびた生物が元どおりに生き返るメカニズムを解明
Chapter-195 国際宇宙ステーションと「きぼう」
Chapter-194 サイエンスニュースフラッシュ 2008年2月 
Chapter-193 水星探査機ビーナスエクスプレス 
Chapter-192 脳機能に関する最新研究 
Chapter-191 サイエンスニュースフラッシュ 2008年1月
Chapter-190 超弦理論でブラックホール内部の構造が明らかになった
Chapter-189 ブラックカーボンと地球温暖化
Chapter-188 日本人が発明した垂直磁気記録
Chapter-187 サイエンスニュースフラッシュ 2007年12月
Chapter-186 お正月番外編「人を助ける へんな細菌すごい細菌」
Chapter-185 2007年に紹介した話題・その後
Chapter-184 脳機能に関するふたつの最新研究
Chapter-183 サイエンスアゴラ2007を振り返る
Chapter-182 ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)の樹立に成功
Chapter-181 光が空間を伝わる様子を3次元の動画として記録・観察に世界で初めて成功 
Chapter-180 サイエンスニュースフラッシュ 2007年10月 


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 1965年生まれ
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