2011年11月05日 【ヴォイニッチの科学書《有料版》番組要旨】

Chapter-365 チェルノブイリ事故の健康被害について  

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参考;科学(岩波書店)2011年11月号 特集「チェルノブイリの教え」より
http://www.iwanami.co.jp/kagaku/

 チェルノブイリ原子力発電所事故は当時のソ連、現在のウクライナキエフ市にあるチェルノブイリ原子力発電所で1986年4月 26日に発生しました。事故を起こした原子炉では多量の蒸気の発生、燃料破損、2回の爆発、火災と次々に発生したアクシデントによって炉心と上部構造物が破壊し、放射性物質が約1000mの上空まで吹き上げられました。放射性物質は周辺地域はもちろん、地球上の広い範囲に広がり、一般市民も含めた晩発性障害などは今でも続いています。

 事故の原因は、原子炉の作動状態を制御する制御棒をほとんど引き抜いた状況で回転するタービンの慣性エネルギーの利用についての試験中に、冷却水に大量の気泡が発生し出力が急上昇したことに端を発します。本来なら、制御棒を直ちに炉心に挿入して反応の原因となる中性子を吸収させなければならなかったところが、制御棒の挿入速度が遅いため緊急停止できず、さらに運転員が規則違反をして緊急炉心冷却装置を止めていたため、炉が暴走してしまいました。また、原子炉の設計上、定格出力の 20%以下では出力が上昇すると核分裂反応が増加する仕組みになっていたり、気泡が増えると核分裂反応が増加しさらに気泡を増やす性質があったりして、異常が発生するとその異常がさらに加速するような仕組みになっていた上、制御棒に重大な欠陥があった可能性も指摘されています。

 事故の人体への影響に関する最近のデータでは低線量放射線の影響は従来言われていた甲状腺がんだけではなく、心臓血管系疾患、若年性の老化、先天異常、脳神経疾患、内分泌疾患、免疫疾患等々多様な疾患が増加していることを示しています。福島の現職発電所事故はINES国際原子力事象評価尺度ではチェルノブイリ事故に匹敵するレベル7とされていますので、日本の将来を予測して有効な対策を立てるためには、チェルノブイリの現状を知ることはとても重要です。

 最も被曝量が多かったのは原発事故の処理に当たった人々のはずです。この人たちがどれくらいの被爆をしたのかは旧ソ連の体制下で何のデータも残されていない状態ですが、その後の健康調査によって12の臓器系統での疾病が年を追うごとに著しく増加していることが分かっています。ロシアが2004年に発表した報告によると事故の処理に携わった作業員の中で公式に病気と認定されたのは事故から16年後で98〜99パーセントに達していました。

 事故後に亡くなられた作業員の死因について調査を行ったところ、一般に言われている被爆による発がんよりもむしろ、主要な死因は重篤な疾患が4〜5種類同時に発症する複合的な疾患であることがわかり、悪性腫瘍はそれに次ぐものでした。これらの複合的な疾患を示す患者の状態を専門家は若年性老齢化と呼びます。それは、本来ならばより歳を取ってから発症する疾患群をより若い年齢で発症することが特徴だからです。このことは放射線被曝が加齢を促進することを意味していて、事故処理担当者は被爆を受けていない人に比べて、10年〜15年はやく歳を取っている状態に相当する疾患の発症状況であることが分かりました。同様の現象は長崎や広島の被爆者においても観察されています。

 被爆の影響は作業に携わった本人だけでなく、直接被爆しなかったその子供たちにもおよびました。チェルノブイリの事故の処理に携わる前と後に同じ夫婦から生まれた兄弟の遺伝子を比較したところ、父親が50〜200ミリシーベルトの被爆をするとその子供に遺伝子の変異が確認されました。また、白血病、内分泌障害、精神障害などが発症する確率がその他のロシアの地域の子供たちよりも高いという報告もあります。

 より重篤な、先天性の奇形はどうかと言えば、チェルノブイリの事故以降明らかに増加していて、1990年以降に生まれた子供たちにおける先天性奇形の率は今でも高いままです。東ドイツのデータでは先天性奇形の数は事故前の4倍にも増加したとされています。そこで確認された奇形の主なものは神経管と腹壁の欠損で口唇口蓋裂の割合も増えていました。同様の報告はブルガリアやトルコからもなされ、ノルウェーからは胎児期に被爆することにより知能レベルが低下するという報告も出されています。

 内分泌系に疾患が発症する割合もチェルノブイリ後は周辺地域で著しく高まっています。特に子供たちが甲状腺被爆を受けるとホルモンのバランスが崩れて機能障害や発育障害が増加することが知られていますし、インスリン分泌もホルモンが司っていますので、被爆によって糖尿病などの一般には生活習慣病などと言われている疾患が増加することも分かっています。

 被爆による免疫力の低下、つまり、生体防御能力の低下はよく知られていますが、チェルノブイリの事故においても免疫系が抑制されるデータが得られています。感染症など本来免疫系が機能しなければならない状態に体が陥ったときには骨髄や胸腺などのリンパ系の臓器が機能して対処しなければなりませんが、被爆によってこれらの臓器が影響を受けるために重篤な感染症を被爆者は起こしがちになります。チェルノブイリ周辺では「チェルノブイリ・エイズ」と呼ばれる免疫低下が頻発し、それが原因の慢性気管支炎や消化器疾患も頻発しています。

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ナビゲーター 中西貴之 obio@c-radio.net
 1965年生まれ
 島生まれの島育ち
 応用微生物学専攻
 現在化学メーカーの研究所勤務
 所属学会 日本質量分析学会 他
 日本科学技術ジャーナリスト会議会員

ナビゲーター BJ
 インターネット放送局くりらじ局長

 


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